Back in the days

皆さんこんにちは。MATSUです。

以前にNY発の音楽雑誌の企画・編集をしている時に、音楽とファッションの文化の様々な歴史には”混血”や”人種問題”が関係していると気づき、その周辺の事をいろいろ調べました。

その中でいろんな資料やレコードジャケットの中のアイウェアを見て、ヴィンテージ眼鏡にも興味を抱きました。

初めに購入したのが50年代のアメリカン・ヴィンテージ。黒人のジャズと、白人のビートニクのスタイルが混在しているアメリカ製の眼鏡にはファッション的にも音楽的にも、すごく魅力を感じる。



肌の色なんて関係ない。ジャズやロック自体も”混血”が生んだ産物でもあります。ミックスなスタイルがどの時代でも素晴らしいものを生み出す。

そもそも混血とは。それが生んだ音楽やファッションの文化とは。


まず、ジャズが生まれた背景には”クリオール人”という人種が関係しています。アメリカの南部ニューオリンズに移り住んだフランス人やスペイン人の人々と、アフリカ系の黒人との混血を”クリオール”と指します。


そのクリオール人の混血のルーツを調べて1番興味深い話がある。

遡る事1700年代前半頃、アメリカ南部に奴隷として運ばれてきたアフリカ系の黒人の結婚相手が不足してしまって、フランスやスペインで悪さをして監獄に入っていた女刑囚達が送られてきて無理矢理結婚させたというもの。

ここで初めて生まれたのがヨーロッパ系の美人やイケメンのスタイリッシュでオシャレな黒人のハーフという事になります。

クリオール人は純粋な黒人とは違い、ひどい差別を受ける事なく一般のニューオリンズ市民と同じように学校に通って教育を受けて勉強も学べたし、商売も営んでお金を稼ぐ事もできました。

ヨーロッパ人の西欧的な上流な感覚と、アフリカ系の独特な自由で野生的な感覚を持ち合わせたクリオール人は、ファッションセンスも音楽の感覚も超センス抜群でした。

19世紀頃のニューオリンズには独特なクリオール文化があり、中にはクラシック・オーケストラの楽団に入って楽器や西欧の音楽理論を学び、音楽教師になる人も多かったようです。

ですが…南北戦争(1861~1865)の終結と共に、クリオール人はピンチを迎えます。


奴隷解放令が発布されると、南部白人の怒りの矛先は北部白人だけではなく、南部で裕福な生活を送っていたクリオールにも向けられました。

「黒人の血が混ざっている者は、皆黒人と見なす」というアメリカ南部の州法”人種隔離法”によって、クリオール人は純粋な黒人と同じに扱われて身分的にもどんどん落ちていきます。

しかし、クラシックなどの西欧音楽を学んできたクリオール人の音楽センスと、純粋な黒人の独特なアフロ・アメリカンのブルースと音楽センスが混ざり合い化学反応を起こし、独特な音楽表現を生み出すことになったのが初期のジャズの形成となりました。

人種隔離法がなかったらジャズという音楽と文化は生まれなかったかもしれません。


ROCKもR&BもSOULもFUNKも現代音楽もCLUB MUSICも生まれてないかもしれないし、そこにあるアイウェアやファッション文化も生まれていない。時代はすべて過去から未来へのミクスチャー。

ニューオーリンズがかつて奴隷制があった時代に、アフリカから労働力として強制的に連れて来られた人々など、多種多様な人種が集まって、新たな文化が生まれやすい土地だったということが、ファッションも音楽も人類最大のミクスチャーを生み出したという事です。

SOLAKZADE

MATSU