VINTAGE EYEWEAR

SOLAKZADEには常時10,000本を超える数のヴィンテージアイウェアがストックされています。1800年代から1990年代製まで、クラシックもデザイナーズも、各時代を代表するフレームばかり、寿命のしっかりあるミントコンディションのモノだけを厳選してコレクションしています。

 

[最高のコンディション]

SOLAKZADEのヴィンテージフレームは基本的に全て、デッドストック未使用品。(1800年代のフレームだけはユーズドですが、金無垢や銀無垢しか扱わないため、フレーム寿命は半永久です。)

デッドストック未使用品の中でも、さらにセルフレームの水分量をチェックして、酸化の進んでいないモノだけを厳選しています。それでも年間に1、2本あるのですが、万が一、購入後1年以内に急激に劣化が進んだときは、別のフレームで眼鏡を作り直しさせていただいています。SOLAKZADEではフレームの寿命を保証しています。

 

[コレクションのジャンル]

1800年代:1891年に金張り材(ニッケル銅合金の外側に金が厚張りされたもの)が開発されるまでの間、眼鏡はメタルの無垢材(金、銀、真鍮、鉄)でしか作られませんでした。ネジから全て手とハンマーだけでのフルハンドメイドの工芸品。

1890-1920年代:1923年の鼻パッドの発明以前は、鼻パッドがない一山(サドルブリッジ)と呼ばれるシンプルなフレームでした。1800年代と違い、とても線の細いフレーム素材がアメリカンオプティカル社によって開発されます。レンズは小さなラウンド、オーバル。

1930-40年代:こんなに古いアンティークをクラシックなだけでなく、最新のファッションとして、しかも全てデッドストック未使用品で提案しているのは、世界でもSOLAKZADEだけでしょう。膨大なバリエーションがあり、この特にリムレスのフレームには、当時のカタログにあったレンズサンプル表から引用した、オクタゴンオクタゴンオーバルのレンズを、1人1人の顔サイズに合わせてSOLAKZADEで制作しています。

1950年代:第2次世界大戦後のアメリカ東海岸、TART OPTICALといった新しい小さなブランドによって率先して作られ始めたセルフレームが、1950年代当時、ディジーガレスピーら黒人ジャズマン、バディホリーらロカビリーミュージシャン、ジェームスディーンら俳優、アレンギンズバーグらビート詩人によって受け入れられ、当時かなり新鮮で最先端のファッションでした。2000年代に入るとジョニーデップがTARTのARNELを愛用し始めたことでこのジャンル自体の人気に火がつきました。一方、フランスやイギリスでも同じく第二次大戦前後から、アメリカ物とは異なる製法で、独自のセルフレームが作られました。アメリカ物よりもクセのあるデザインが新鮮で、分厚かったり角張っていたりとユニークな物が多く、アメリカ物よりもマニアックで隠れたジャンルとして2007年からSOLAKZADEが世界に先駆けてご紹介してきました。しかしやはり1950年代の主役はアメリカ。政治、経済、音楽、映画など、どの切り口からとってみても1950年代当時の価値観を生んだ国はアメリカだったのです。

1960年代:ベトナム戦争(1955-75)が長引き、世界中からの反戦運動を食らったアメリカの人気・信用はガタ落ちします。そうして1960年代にはアメリカからヨーロッパに、世界の経済、政治、カルチャーの中心舞台が移ります。米ソの宇宙開発競争の中、クレージュやピエールカルダンに代表される、宇宙的で未来的なデザインのデザイナーズアイウェアが登場。それまでのハンドメイドの工芸的なモノづくりに自由で強烈なデザインが上手く合わさって、アートのオブジェのような素晴らしい作品がいくつも見つかる面白いジャンル。1960年代後期にプラスチックレンズが普及し始めます。アメリカでも、フランス物やイギリス物を模倣したデザインをたくさん作っています。

1970年代:レンズもフレームも、軽い新素材のおかげで昆虫のような巨大なフレームなのにとても実用的なものがたくさん作られます。フレームのインジェクション製法で用いられるオプチル(OPTYL)という新素材がオーストリアで登場し、Christian Diorがこのオプチル素材のおかげで自由な形状のアイウェアをたくさんリリース、アイウェアデザインに革命的な風が吹き荒れました。1960年代までの「場所、時代」がデザインを決定していた時代から、「デザイナーのコンセプト」がデザインを決定する時代の到来です。1970年代のデザイン傾向は二極化し、John Lennonのようなリベラルなヒッピースタイルと、Yves Saint Laurentに代表されるコンサバでエレガントなスタイルが存在しました。世界中でも特に日本と西ドイツが工業国としての地位を確立しつつあったこの頃、眼鏡の製造技術、素材の研究開発でも、この二国がすでに世界のトップを競っていました。そして1970年代のアメリカは大不況で、国内生産から海外生産にシフトし、国内マーケットの縮小から輸出拡大へと舵を切っていました。

1980年代:カラフルになったり、左右非対称になったり。アイウェアのデザインは、1980年代は予想を裏切るような物が登場します。そしてそれを可能にしたテクノロジーの進化もありました。メタルフレームを複雑にデザインして具現化できるようになったのは、Mac(パソコン)で3D CADソフトを使ったデザイン(というよりむしろ「設計」)と、NC切削機によってデザイン通り正確にパーツを自動切出しできるようになったおかげ。Cazal、Casanova、Jean Paul GaultierMatsudaなどそのテクノロジーの進化を象徴するデザイナーズブランドが一世風靡します。価値観も変容し、1970年代までの汗をかいて暑苦しいロックの価値観ではなく、エレクトロで無機質な、人間味を感じさせないことがクールであるという価値観が登場します。そして、1980年代のデザイン手法の特徴として、「過去のいくつかのスタイルを編集」することで新しいものが生まれてきます。この頃でてきたブレイクビーツという音楽の制作スタイル(金がなくてディスコで遊べなかった黒人の若者が、親父の2台のレコードプレイヤーをつないで1950-60年代の古い2枚のレコードの間奏部分を長くつないだ)と同様に、デザインの手法が「過去のヴィンテージ、アンティークから取り出した一番盛り上がる要素(ブレイク)の掛け合わせ」となります。

1990年代:ファッション業界の再編が進んだ時代。それまでインディペンデントでやっていたブランドが大資本の傘の下に入る(買収される)という動きがアイウェアブランドにも波及します。1995年にPERSOLがRATTIという創業会社からLUXOTTICAに、1999年にはRAY-BANが同じくBAUSCH & LOMBからLUXOTTICAに買収されてしまいます。2000年代以降もOLIVER PEOPLESやOAKLEY、ALAIN MIKLIなどといったアイウェアブランドがLUXOTTICAによって買収されています。

 

 

1950年代製アメリカンヴィンテージ

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1990年代 ジャン=ポール・ゴルチェ